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2017年9月29日 (金)

社会のシステムは信頼できるのか

先週の空手の試合で、息子は敗れました。

悔し涙が出る息子に、

勝ちから学ぶことは一切ない、

負けから何を学ぶかが人生を大きく左右する、

とアドバイスしました。

対戦相手は優勝しましたが、

息子が私のアドバイスを守っていれば勝てたと思います。

一方で、試合前半の動きから精神的な成長を感じました。

自分よりも体重が15キロ以上、身長も20センチ以上大きい相手からの攻撃を

落ち着いてうまく処理していました。

勝負の世界には感動がたくさん詰まっています。

そして、生きることの本質を学ぶことができます。

「原因と結果」を成長期に身体で学ぶことは実に重要です。

ですから、競争をしなくなった現代の子供たちは

そもそも学びの機会を失ってしまったということになるわけです。

ちなみに、受験勉強は競争のうちに入りません。

私が考えている教育基本三原則は、

「恐怖・頭脳・投資」

です。

日本の教育機関でこれらを総合的に学べる場所はありません。

 

法律は正義ではない

法律で人は守れない

弁護士の先生からは叱りを受けるのか、

お褒めの言葉をいただけるのかよくわかりませんが・・・

 

私はなぜ教育が必要なのかを考えたことがあります。

その第一の答えが、「生きる力」を与えることです。

生物学出身の私にとっては最も合理的な答えです。

個人的な見解ですが、息子が大人になったときには、

社会の仕組みが相当朽ちていることを想定しています。

安易に社会のシステムを信用してはならない。

自分の身は自分で守る教育です。

毎日夜遅くまで勉強や仕事を頑張っているから強い人間であるかといえば

そうではありません。

弱い人間は、頑張っても成果は出ないです。

肝心な時に逃げること。

それがその人の人生における原因結果となります。

税理士はお金と人間を実物大で見ていますから、

弱い人間が経済にどのような影響を及ぼしているのかを知っています。

一般の人でもおおよその見当をつけている人はいますが、

それはあくまで想像の域で判断しているにすぎません。

 

強い者は弱い者の上に成り立っています。

ですから、強い者の数は少なく弱い者の数は多くなります。

これは自然界のバランスルールですが、

現代の社会はこのバランスが著しく歪んでいます。

このバランスを壊した犯人はだれでしょうか。

それは一部の人間たちです。

自然にしておけばバランスは取れるのに、税金を使って無駄なことをします。

 

一例を挙げてみましょう。

あるサラリーマンは自分が勤める会社に不満をもっていました。

自分が弱い人間であるという自覚はありません。

いわゆる世間知らず。

自分の稼ぎを会社にピンハネされていると思ったこの人は

ある日、独立することを決意します。

もちろん、独立のための準備資金など持っていません。

以前はこのような愚か者を門前払いにする仕組みがあったのですが、

今の銀行は準備不足の人にもお金を貸してしまいます。

銀行だけではありません。

政府が融資以外でもこうした取り組みを行っています。

事業を失敗させる支援をしているのかな?と思ってしまいます。

実力がないので、すぐに借金の返済ができなくなります。

借金が返せなくなったとき、追い詰められたときこそ

弱い者の特徴は態度となって表れます。

その態度とは・・・

「逃げます」

返せなくなった理由を説明しません。

問題をすり替えようとします。

連絡がとれなくなります。

金貸しはこのような人間をイヤというほど見てきたことでしょう。

いまは、回収業者は法律を守らなければなりません。

返済という最低限のルールを守らない債務者に対して

回収業者にだけ一方的に法律を守れと言うのはフェアではありませんね。

こんなことを思うのは私だけでしょうか。 

他にも、債務者にはいくらでも逃げる手段が用意されています。

真面目に生きている人達の気分を害するだけですから、

具体的には書きません。

社会に向けて吐いたツバは自分に返ってきます。

しかし、その原理原則を人間のエゴが歪めています。

今の社会は、逃げの支援を行っています。

それが本当に人を助けることになるのでしょうか。

キリギリスの歪められたハッピーエンドストーリーに持続性はありません。

 

●●は払うな。

いくら子供たちに租税教育を行っても意味はありません。

社会の矛盾に税が大きく関わっていることを決して教えませんから・・・

立場上言えませんが、今のシステムに限界が来る日を感じます。

そう思っているのは私だけではありません。

だからこそ、預金残高がどんどん積み上がり、

企業の内部留保意識も高まるばかりなのです。

徐々に大きな金庫の販売数が伸びていきます。

これは単なる将来不安からくるものではなく、

政府に対する不信感を表す指標とも言えます。

税が生きていない。

将来の投資に繋がっていない。

痛税感が怒りへと変わっていく時代です。

 

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