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2017年9月15日 (金)

弱い黒帯

昨日、設立第1期の決算を迎えた顧問先の役員二人に激励の言葉を送りました。

経営というものは、設立してから3期以内に黒字化しないのならやめなさい。

うちの顧問先である以上、絶対に成長してもらわなければ困ります。

顧問先の利益が私の利益だということ(^^)

そして、私の利益は顧問先の利益。

私はいつも顧問先の利益のことを考えているので、

それに応えてくれない顧問先は単なるドロボーなんです。

将来性のない顧問先は支援しませんとハッキリと伝えました。

では、弱い人間はどうなってもいいのか。

そんな意見も出そうなので、今日はその話題で書いてみましょう!

(このような内容なので、今回は抽象的な表現が多くなります)

 

来週の土日は、うちの息子が空手の試合に挑みます。

小学生最後の試合です。

ミット稽古では大人が受けても心臓が痛くなるくらいのパンチを出します。

しかし、試合や組手では強い相手を目の前にすると身体が動かなくなるのです。

これは「恐怖」という心理が働くことで、自分で問題が解決できない状態に

陥っているわけです。

この心理状態をどのように克服するか、15歳までの人格形成過程において

重要な意味を持っています。

強い人間は自分の意思(意志ではありません)でその試合をコントロール

できるのと同じように、社会に出てからも自分の意思で結果をコントロール

できるようになります。

 

スローファイティングはやめてくれ・・・

うちの子は、ファイティングポーズをとっても様になりません。

真剣さが伝わってこないからでしょう。

死ぬ覚悟のない人間から本当の魅力は伝わって来ません。

「死ぬのが怖いか?!」

という問いに、明確な答えは返って来ません。

精神が弱い人間は戦えないということを証明しているわけです。

試合前、恐怖が全面に出るのは覚悟ができていないからでしょう。

それでも緊張はしますが・・・

 

勝負師としての一面を持つこと

黒帯は後輩に心の手本を見せる立場です。

弱い黒帯は帯の地位を下げるだけの存在だというのが私の考え方です。

これは社会でも様々な場面で当てはまります

例えば税理士制度。

簿財と国税三法に合格しているのが本当の税理士であって、

それ以外の手段で税理士になった者は地位を下げるだけの存在だ

と言われるのと同じことでしょう。

敗者復活制度が用意されている資格制度は、そもそも矛盾を抱えたままなのです。

その制度とは人間が作ったもの。

ですから、おかしなものがいつまでも残ってしまいます。

私は人間が作ったものを信用していません。

資格制度に依存して生きている者は弱者である、と考える所以です。

この仕事をしているとよく見えるのですが、

世の中はこのようなものがあまりにも多すぎるのです。

これ以上は政治の話になるのでやめておきましょう。

 

賢い者が環境に適応し、環境に適応できなかった者が絶えていく。

強い者には強い者の役割があり、弱い者には弱い者の役割があります。

自然界に存在するものは全て意味があります。

世の中で起きていることにも全て意味があるのです。

自然のバランスを人間がコントロールしようものなら天罰が下ります。

(政治的な理由を除いても)特に日本人は弱い者を助けることを美徳と

捉える傾向にありますが、それは人間の驕りです。

社会保障を超えた過保護が機能しなくなるのは時間の問題でしょう。

現在の日本は、歴史的に見ても類を見ないくらい弱い人間が育つ環境に

なっていると思います。

それは、高齢化よりも大きな問題だと私は考えています。

高齢化社会は台風が過ぎ去るまで耐えられるかというレベルの問題です。

しかし、弱者が爆発的に増加するというのはその域を超えた重大問題です。

弱い者を無条件に救済するという理不尽なルールを貫き通すとどうなるでしょうか。

正常に機能しているものまで崩れ去るのです。

この問題は自然に逆らえば逆らうほど大きくなります。

 

子育てで重要なのは、自分で問題を認識し、自分で問題を解決させること。

何度も失敗させ、試行錯誤の中から最も得意とする狩りを身に付けさせること。

それが、今の社会では自然に身につけられなくなっています。

親ライオンが子供に狩りを教えることが特別な教育になっているわけです。

 

うちのスタッフが朝礼の際に言っていました。

当事務所の環境は本当に恵まれている。

入れて運が良かった。

だから、この事務所で頑張れなければどこに行ってもうまくいかない。

これは実に正論です。

このような人材は、会計人としても2倍から3倍のスピードで成長していくのです。

その後の人生でも、運の良いことが次々と起こることでしょう。

 

人生は全て「原因・結果」である。

自分が強くなければ弱い者を助けることはできない、

としながらも、弱い者には同情するな、という考え方です。

中途半端な人間ほど弱い者を見て同情してしまうことでしょう。

これは、学生時代、勝負の世界で生きていく中で導いた哲学であり、

税理士になってからは社会のお金を直接辿りながら実物大で確認した答えです。

私は弱い人間を何人も助けてきましたが、これらのことは臨床実験済みでもあります。

つまり、彼らに優しさという薬は副作用の方が大きいということなのです。

今現在その人がそこに立っているのは、生まれてから現在に至るまでの

累積的原因結果であり、たった一つの真実だと言えます。

冒頭で書きましたが、設立して3期以内に黒字化しないのは理由があります。

経営がうまくいかない人間は、例外なく心が弱いのです。

甘えの心がない経営者ほど、第1期から黒字化し、

その後も赤字になることはありません。

社員に適切な分配と安定を与えられるのが経営者のウツワです。

人の弱さというものは、瀕死の状態に陥ったときの態度にすべてが表れます。

大人になってから初めて気が付き、そこから急に頑張っても結果が出せないのは、

累積的原因結果のためです。

大人になってから弱さを克服するのは至難の業ですが、

たとえ弱い自分を克服したとしても、それだけでは問題は解決しないのです。

「人生、いつからでもやり直しはきく、気が付いたときから頑張りなさい」

他人にはそのようにアドバイスしますが、

自分の息子には、

「人生は一度きり、途中で気がついても一切やり直しはきかない」

と教えています。

どちらが正しいのでしょうか?

答えは簡単ですよね。

自分の息子にウソは教えませんから。

 

弱い者を助けることは正しいことか、

この問題が残っていました。

人間社会を前提にする限り、これに対する明確な答えはありません。

ただ一つ言えることは、直接手を下してはならないということでしょう。

そのために、私たちは高額な税金を払っているわけです。

うちの事務所では所得税だけでも年税額にして1千万円以上納付している

クライアントさんも少なくありません。

なぜこんなに納付をしなければならないのか疑問です。

徴税とばら撒きのバランスがとれていることを祈りますが・・・

税理士の立場から、納税の意味を改めて考えるわけです。

「生きるカードを持たない者は核にも匹敵する脅威である」

これはミサイルを打ち続ける国が教え続けてくれる弱さの本質論です。

怖いのは核ではありません。

弱い精神なのです。

対話か制圧か。

絶対に解決しない問題へと発展していきます。

この話は私たち経営者が現実の社会でいつでも直面しうる話です。

 

最後に、経営者的雑感として・・・

今から34年前、当時小学3年生だった私は、

(世間の)大人たちが言っていることが何か変だぞ、と思っていました。

自由にのびのびと・・・

そんな価値観が急速に広まっていきました。

子供に対するしつけが崩壊していったのもこのころからです。

そして、今の日本は弱い者が増えすぎました。

世の中は強い者と弱い者とのバランスで成り立っています。

果たして、人間は身勝手な尺度でバランスを取り続けることができるでしょうか?

 

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